Stage of the ground
君をかばって 散った夢は 夜空の応援席で見てる 強さを求められる君が弱くても 唄ってくれるよ ルララ 
プロフィール

tarch

Author:tarch
職業:未来から逃げたい大学2年生(20歳)
   かものはしプロジ◯クトでインターン中。
   スタディツアーの企画とかやってます。

好きなミュージシャン:ミスチル BUMP OF CHICKEN QUEEN ベートーベン
趣味:音楽 スポーツ 映画 読書 考え事



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


最終日
久しぶりの更新です。いろいろあってなんか更新する気力がありませんでした。小旅行にいったり、かものはしの「囲む会」にいったり、ICUの寮に泊めてもらったり、花見をしたり、下クラを迎え入れたり・・・あぁ多忙。明日からも大忙し!

 7日目の夜はワークショップを行った。翌日の夜の飛行機でカンボジアを発つため、みなが集まって話し合えるのはこれが最後。各自、このツアーを通して感じたこと、考えたこととかを振り返ってこれからの生活にこの貴重な経験をどう活かしていくか、ということなどを話し合った。それぞれのバックグラウンドによって物事の捉え方、考え方が変わる、そんなところが面白いし、参考になるし、自分のモチベも上がる。将来像をはっきり描いている人も多くて、モラトリアムを謳歌して将来を絞りきれていない自分としては羨ましくもあった。 
自分にとって大きかったのは、自分の「これまで」「いま」「これから」を実際にノートに書いて、冷静に考えられたこと。ノートに残すことで、冷静になれるし、後々振り返ることもできる。まぁblogだって、ある意味そのためにあるんだけどね。
最終的な振り返りはまたこんどにするとして・・・これからの計画・夢と数字をちゃんと結びつける、というアドバイスをS.fukushoさんから頂いた。これは大切にしていきたいと思う。やっぱり目標には数字(日付とかノルマとしての量・金額とか?)を結びつけることで、自分で評価がしやすいし、自分みたいに弱い人間はつい妥協してしまったりするからね。妥協して自分に甘くなった結果としてイマの自分がいる、という反省もあるし。

さて、8日目の話をしよう。ワークショップのあと、かとひろさんと夜遅くまで話し込んでいたので、完全に寝不足。起きたと同時に少しさみしくなる。
「明日の朝には成田かぁ、あっという間だったな・・・」というのが素直なとこ。

この日は純粋に楽しかった。午前中はトンレサップ湖を船で周遊。トンレサップ湖は東南アジア最大の湖で、乾季では琵琶湖の4倍くらいだが、雨季になるとその6倍くらい、つまり琵琶湖の24倍もの大きさになる。けっこう浅いらしいけど。カンボジア人の摂取するたんぱく質の40%はここでとれたもの、らしい。
CIMG0582a.jpg


ここには水上に生活する人たちがいる。家そのものが浮いているのだ。もちろん基本的に漁師が多いのだが、バッテリー屋とか石油屋とか教会とか、観光客相手のワニ園兼土産物屋とかがある。船の甲板で強い日差しを浴びた。この大地には山が少ない。360度すべて開けている。とてもすがすがしい気分だった。だけど、彼らの生活をのぞく、というとなんかまた「上から目線」の葛藤に陥る。知らない文化、生活様式を知るのは純粋に面白い。だけど、「不思議なもの」→「劣った他者」として見ていないかというのは、やはり考えるべきことなのかなぁ。うーん、まぁたぶん大丈夫。早く本読み終えなきゃ。

湖の男達





昼飯は、内戦時のカンボジアで消息を絶った写真家の一ノ瀬泰造お世話になっていたレストランで食べた。なんか、ネットで見るかぎり、「うまい!」とか書いてあるんだけど、運悪く、まずいメニューにあたったらしく・・・w
泰造が暮らしてたっぽい部屋を見ることができた。実際に命を落とした人の生活を触れることができたのは貴重な経験。たくさんの日本人がそこを訪れているらしい。足跡帳を見て、妙な連帯感を覚える。それにしても、戦場カメラマンにはホントに頭が下がる。死と隣り合わせという状況、自分なら腰が引けてしまうだろう。いまバクダッドにいる綿井さんにしても、アジアプレスにしても、小さいけど知るべきことを伝えてくれるメディアに対して、もっとサポートして体制が必要だと思う今日この頃。そういえば、ゼミのコミュにも書いたけど、ゼミにもきた綿井健陽さんのLittle BirdsのDVDが発売されたらしいです。
ちなみに、一ノ瀬泰造についての映画「TAIZO」は4/4(火)に渋谷のUPLINKで再上映されるらしいっす。19時から。オリ合宿から帰ったその足で行ってみようかな。だれかいきません?また日記がグダグダになってしまった。

さて、メシを食った後は、ショッピング。オールドマーケットに行った。そこではアクセ(指輪とブレスレット)、うちわなどを買った。指輪は結構お気に入り。ここでもお店のネーチャンと話すことができて面白かった。やっぱり思うのは、プノンペンと違って、日本語を話すこと。実際、マーケットをさまようと、何グループもの日本の観光客たちに会ったし。やっぱ、日本の影響力の大きさを実感。
んにしても、俺が言い値の半額以下で買ったものを、やっぱり日本のオバサマは言い値と大して変わらない値段で買っちゃうのね。いやぁ、若者と中年の金銭感覚の違い。日本人とカンボジア人の経済力の違い。日本とカンボジアの物価の違い。いろんなものを感じた。

で、夜の便で、シェムリアップからバンコクへ。シェムリアップ空港では日本人バックパッカーのあんちゃんと話すことができて、面白かった。やっぱ、社会人ってハードなんだな。その人は3年で1週間しか休みがもらえないらしい。その1週間を利用して、バックパッカーをやったらしい。就職したくねぇ・・・。あんちゃんも、もう転職するって言ってた。

で、バンコク23時の便で日本へ。翌朝7時過ぎに成田到着。
最後の試練が待ち構えていた。

風が強い・・・

ゆれるゆれるゆれる!!!

おちるおちるおちる!!!


上下にホントに揺れて、あの落ちる感覚がもうツラくて・・・

「やべ、気持ちわりぃ・・・」

まぁなんとか、到着。しばらく立てず・・・

帰りもパスポートを失くしそうになったりしてあぶなかったけど、無事税関も通り抜けて、ツアーは解散☆
帰りはよしおにーさんとはるかねーさんと一緒に成田エクスプレスに乗って帰りました♪めっちゃ楽しかった~

んで、同窓会いって、サッカーして、ラーメン食って帰宅・・・。

またいつもの日本にもどってきたかんじ。

日本の町並みとか、空気とか。人の様子とか。
なんかいろいろと結構げんなり。
まぁラーメンはうまいんだけどw
20060401220052.jpg


スポンサーサイト

7日目 地雷
この日に行った場所は、Artisans d'angkorというNGOのトレーニング施設と、アキラの地雷博物館。

Artisans(アルティザン)は、若者に職業訓練(シルク・彫刻など)を施し、売店で彼らが作ったものを売ることで、若者に職業を与えているNGO。訓練するだけでなく、それを発揮する職場までケアしているという印象。この売店はシェムリアップの空港など、いろいろな場所にあり、他のマーケットで売っているものよりはるかにクオリティが高かった。と、同時に、値段は10倍くらい・・・。ネクタイ買いたかったけど、金欠によりムリ。

午後はアキラの地雷博物館へ。
これは、カンボジア人のアキー・ラーさん(通称アキラ)が自宅でやってる博物館。博物館といっても、ただの自宅なので、そんなたいそうなものでもない。でも、すべてが地雷でできている徹底ぶりには目を見張る。
簡単な略歴(記憶によるもので間違ってたらゴメンナサイ)アキラさんは、子供のころ、親をポル・ポト派に殺され、その後は少年兵として、戦闘に参加。このころ、地雷もたくさん埋めていたらしい。内戦が終結するとUNTAC(国連カンボジア暫定統治機構だっけか)にやとわれて、地雷撤去、UNTACが去ったあとも、ボランティアで地雷撤去をし続けている。連絡があれば、どこでもオートバイで向かう。いままで除去した地雷の数は「2~3万個」ということだ。これは、ほんと、ものすごい数。地雷博物館を作って観光客たちにカンボジアの地雷の現状を伝えるとともに、地雷で被害を受けて学校に通えない子や、貧困で学校に通えない子を博物館に引き取って、父親代わりをしながら学校に通わせている。

思ったこと。戦争ってやっぱ恐ろしい。地雷を巻きつけた人を、敵に投降させて、遠隔操作でその地雷を・・・という話を聞いたときは、もう耐えられなかった。

 個人がここまでできるなんて・・・という驚きのが、率直な印象。たった一人の人間が、常に死と隣合わせの状況で、手製のスコップを使って地雷を掘り続けている。強いな、と思った。何が彼をそこまで駆り立てるのか。彼の強さはどこから来るのか。きっと、いままで生きてきたその一つ一つの出来事から来るんだと思う。親を殺され、常にジャングルで戦闘を繰り返してきた少年兵。死と隣あわせ、なんて慣れっこなのかもしれない。けど、その強さは僕の胸を打った。
 地雷博物館で暮らす子供たちは自分と同い年くらいだったし、今思えば、もうちょっと話したかったな。惜しいことした。やっぱ、同年代のトモダチがほしい。彼らがいまどういう風に考えているのか、とか色々知りたい。あえて言いにくい質問とかもしてみたい。
 
 そういえば、トゥン・チャンナレットさんという人がうちの高校へ講演に来ていたことを思い出した。ジョディ・ウィリアムズと一緒にICBL(地雷廃絶国際キャンペーン-the International Campaign to Ban Landmines)を代表して、ノーベル平和賞を受賞した人で、自分も地雷で両足を失っているのだが、同じように地雷で被害に合った人のために、義足や車椅子を作って提供する活動を続けている人。(という記憶)あのときは、通訳がヘタで、その講演が退屈なものに終わったような・・・今思うと、非常に残念。
 この二つが欠かせないと思う。地雷がジャングルにあって、そこに入らないと生活ができない以上、残念だが、地雷の被害はまだ続く。地雷の被害を減らすアプローチと、被害に合ったときのサポート。その両方が必要なんだろう、と実感。

あ、日本でも
「アキラの地雷博物館と子供たち」という本が三省堂から出てます。1日で読み終わる簡単な内容なので、オススメです。

 たわらさんの日記に、ジョディ・ウィリアムズがカナダ大使館で講演をやる、と載っていた。ぜひ、いってみたいな。

写真1 Artisansのシルクファームにて
写真2 博物館入ってすぐの建物。ここでは何から何まで地雷を使っている。
写真3 博物館にて、トール君とともに。彼も片足を失っている。

IMG_0127a.jpg

IMG_0116a.jpg

IMG_0124a.jpg



6日目 アンコール遺跡群
今日は一日アンコール遺跡群を見学する日。昨日の日記の影響で、口調も軽めです。


朝5時(だっけ?)のモーニングコールで起きて、朝6時にアンコールワットに到着、アンコールワットから昇る朝日を見て、「生きててよかった~」と感動!

するはずでした。


しかし・・・

朝4時過ぎ、目が覚める。

何がそんな時間に目を覚まさせたのかというと・・・・




!!雷!!




大雨じゃん!!!!いま乾季だろ!?
朝日見れないじゃん!!
え~~~~、めちゃめちゃ楽しみにしてたのに・・・

と、一人でヘコむorz

アンコールワットに行ったときは、雨も止んでた。
でも、まっくら。もちろん、ライトアップとか証明とかないんでね。

空は曇ってたけど、一縷の望みをかけて、その辺を散策しながら日の出を待つ。


そしたら、

いつの間にか明るくなってて、
「それではみなさん、ほてるにもどりますよ~」
と、シェムリアップでのガイドのソーさん。

「え、おわりかよ!?」

悔しすぎorz
また、来るしかないっすね・・・


アンコール遺跡群は、ほとんどの遺跡が東向きに作られているらしい。
例外は、アンコールワット。西向き。
つまり、アンコールワット以外のものを午前中に、アンコールワットを午後に見学するのがいいらしい。でも、日の出はアンコールワットの裏からだから、ぜひ見るべし、ということ。わかるかな?

というわけで、午前中はアンコール・トム周辺、午後はアンコールワットを観光。

午前中でよかったのは、タ・プローム。
修復をあまり施さないで、発見当初の様子をかなり残している貴重な遺跡。
ガジュマルの大木が、遺跡を覆う。
かつて人間が造った石の寺院に、森が住んでいる感じ。かつては、虎や象もすんでいたのかな。「こんなもの造った人がいるなんてすごいねー」ではない、「自然はやっぱすごいね」という印象。これは見るべきっすよ。

午後はアンコールワットにいった。壁画がやはり面白い。(”funny”ではなく、”interesting”)で、何よりおどろくのは・・・階段急すぎ!!!足幅よりせまいんだもん。
上りは両手使わなきゃのぼれないし、下りはもっとこわいし・・・
でも、やっぱ貴重な経験だった。何がすごいのか、コトバにはしにくいんだけど、全体として美しいし、彫刻も目に付く部分はすごい細かいし(あんまり目に付かない部分は結構いい加減だったけど・・・これも国民性かな)、なんか圧倒される感じ。とりあえず、また行きたいし、行った事ない人は行くべきっすよ!

夕方は、近くの山に登って、そこから遺跡やジャングルを見て、夕日を観賞し、もう最高の眺め!

になるはずが・・・・また雨。雷雨!土砂降り!!!

まじかよ・・・

雨宿りをしてると、外人がぬれていたので傘にいれてあげた。

スウェーデン人、44歳。外人ってやっぱかっこいい、ってかズルイ。
話していると、世界を飛び回ってビジネスをしているらしい。
アフリカ、タイときて、いまはシェムリアップ、明日はプノンペンらしい。とても忙しそう。

でも、自分の英語力では思うように会話できず・・・

英語勉強しなきゃ、と決意。

その日はそんなもんです。

まぁその日何より思ったのは・・・日本人多すぎ!!こんなに日本語を聞く羽目になるとは・・・
プノンペンは、ちょっとしか会わなかったから(トゥールスレインとソリヤにて会った若者たちと、ホテルに泊まってたNGOらしい人たち)、そのギャップがすごくて、激萎え。

JAPANESE“OBACHAN”は、アンコールワットでも日本と変わらず世間話。健康の話に、芸能の話に、もうやめてくれって感じ。「おもい○きりテレビはちゃんと録画してきましたか?」と聞きたくなったくらい。

観光客相手の物売りは多かった。たいてい子供。ポストカードとか民芸品とか。買ってあげたい気持ちはやまやまだけど、必要ないので拒否した。悪いことはしてないのに、罪悪感というか、うしろめたい気分。
そして、彼らは日本語で売ってくる。プノンペンは基本的に英語だったので、大違い。
つまり、シェムリアップの社会構造に日本人が大きな影響を与えているのは間違いない。
だったら、僕らは何ができるのだろう、何をすべきなのだろう。

その日は、そんなもん。

写真1 タ・プローム
写真2 物売られ中。民芸品5$は高いよ!!
写真3 アンコールワットの前で旅人気分。




カメラ壊れたので、頂きものだらけです。編集は加えてますが。問題あったらメッセージください。

明日早いからもう寝なきゃ。明日は、TSUTAYA(開店前)にCDを返すだけのために、1時間半かけて渋谷にいきます・・・。大学寄って、帰りに砦でラーメンでも食おっかな。
あ、スタツアアンケートも提出しなきゃ。。。 107942946_143.jpg

107942946_96.jpg

107942946_79.jpg



プノンペン 番外編
ご存知のようにデジカメ壊れたので、写真はfukushoさんのところからお借りしました。問題あったらご連絡ください!

さて、前回の日記でプノンペンを離れたんだけど、今回はあんまりマジメじゃない話を。

・メシの話
タイ料理みたく辛くないっす。野菜多くて、結構具沢山な印象。(だから、りょうクンは食べられなかったものがたくさんだったんだよねw)辛いのと苦いの以外は普通においしくいただきました。でも、辛いのってほとんどないんだよね!ほんとありがたかった~。
んにしても、いろんな料理食ったわ。カンボジアの伝統的なやつから、中華系、タイ系、フランス系・・・シェムリアップでは、朝鮮系も和食も食えた。うまかったね~。

ドリアンケーキも食いました。


うまかった~~~



とは、お世辞にもいえない味・・・


くさかったけど、完食できました♪

まわりでみんなが苦しみながら食べてるのは愉快w



・買い物の話
プノンペンの買い物は主に、ソリヤショッピングセンターとセントラルマーケットで楽しみました♪ソリヤは近代的な作りで、エスカレーターとかあって、明るくて、うん、まぁカンボジアっぽくなかったねw 特に電化製品ゾーンはもう日本のちゃんとしたお店ってかんじ。まぁでも、店員はほかのカンボジア人らしく、いい加減。そこもまあ魅力なんだけどね。
ソリヤで買った物。
ビール、プリングルス、おみやげのクッキー、

そして・・・

グラサンと腕時計ほしいな、と思ったから、1階で買いました。



GUCCIのグラサンとROLEXの腕時計を。

別にブランド好きってわけじゃないんすよ。金ないんでね。

でも

GUCCIは$5(約600円)、ROLEXは$22(約2640円)っすよ。
ニセモノ、パチモノ、バッタモノ。でも、満足です。
GUCCIは半額まで値下げさせたし、ROLEXも元々$35でしたから。
ROLEXは最初うごかねー!!とか、時間調節できねー!!ということで、不良品じゃん!!とか思ってたんだけど、家帰って、親とかと話すうちに気付くわけです。

ROLEXってのは、俺の今まで使ってきた時計と違って、時刻の合わせ方が特殊。
ROLEXってのは、QUARTZじゃなくて、「自動巻き」だから、腕につけたりしてうごかさないと、針は動かないらしい。

いやぁ、自分のような貧乏人の知らない世界が広がってました。

奥が深い、ROLEX!
奥が深い、パチモン!

結果的にいい買い物♪

セントラルマーケットはとりあえず、デカイ!店の数は多いんだけど、種類は少ない・・・。
買った物はたくさん。シルクのストール、小物、象の置物、サンダル、そして・・・

BVLGARIの腕時計w

このときはまだ、ROLEXが不良品だと思ってたので・・・。
$35を$22で買いましたとさ♪これはいまでもバッチリ動きます。微妙に狂うけどw

写真1 セントラルマーケット

写真2 ・・・ゲンゴロウ、タガメ、コオロギ、ヒヨコ?
       さすがに食えないっすよ汗
IMG_2314.jpg

IMG_2321.jpg



5日目 プノンペン最後の日
5日目です。今日はプノンペンからシェムリアップへの移動日。

IMG_0435b.jpg



午前中はHCCへ。
ここは児童買春や虐待の被害にあった子供達を保護して、教育・職業訓練をすることで子供達の自立を支援している団体である。買春被害予防の方策として、啓蒙活動などもしている。マイクロファイナンス、というか牛銀行による収入向上活動にも力をいれている、とのことだ。(これは妊娠した牝牛を貸す→子牛生まれる。子牛は自分のものとして育てる、牝牛は一定期間借りて(子育てや、ミルクを取るために必要)返す、という流れの支援方法のこと。まぁ牛銀行にも色々なバリエーション(牝牛は返さないで、何匹か子供を生んでその中の一匹を返すとか、2匹目以降の子牛は他の人にあげるとか)があって、地域とかによって使い分けるから若干違うと思うけど。)牛は、カンボジアの農村部ではほぼ必ず見ることができた、田畑を耕したり、ミルク取ったりに使うんだろうけど、間違いなく、財産といえるものだと思われる。

部屋の中で団体の説明を受けていると、一人の女の子が笑顔で除いてきた。12歳前後であろうか。

もしこの子が買春の被害を受けていたとしたら・・・

もう胸が裂ける思い。

残念なことに・・・
ここの施設の卒業生600名のうち、90%は縫製・織物などの職につくが、10%は職に就けなかったりして、再び売春に戻ってしまうらしい。職についたけど合わなくてやめたのか、職に就けずに売春をするしかなかったのかはわからないが、職業訓練と同時に、自分にあった職業に就くことへの支援が必要なんだな~と思った。

この団体は10歳~17歳の少女の受け入れをしている。年齢制限があるのだ。
このときは、年齢制限、ということに目がいってしまい、「なんでだよ~」とか思っていた。

でも、よく考えると。

10歳の少女を買春被害から保護しなきゃいけない現状。それがこの国の真実。

見落としてしまっていた。大いに反省。

ここの少女達にも夢を聞くことができた。15人ほどの少女達は少し恥ずかしがりながらも、笑顔で答えた。教師、医者、伝統舞踊の踊り子・・・。どれだけの子が夢をかなえられるのかはわからないけど、それでも将来にビジョンをもって、生き方を選択しようとすることは大切なことだよね。

 でも、この彼女達の何人かは買春被害を受けていた。業者にだまされて、プノンペンにつれてこられ、強制的に売春をやらされて・・・。心の傷も深いだろう。
 
 少女達とあまり話すことができなかったのが残念。一対一で話を聞くことができないと、やっぱどこか遠いことになってしまうというか、自分に身近なこととして捉えられなかったり、人に聞いたり活字で読んだりするのとかわらなかったりしてしまう。

 そういう意味で、少しここは印象に欠けてしまった感があった。

午後はかものはしプロジェクトの在カンボジア事務所に行った。ここのトップのK氏とは、10日の夕食時と前日の夜のワークショップでも話を聞くことができたのだが、話が論理的で、自分の意見をしっかりもてていて、もうなんつーか、すごかった。脱帽。尊敬。こっちのモチベも上がったし。

いろんなことを知ることができたし、考えさせてもらった。答えがでないことの方がおおかったけど、これだけ深く考えることができたのは大きい。とりあえず、根拠がないのに当たり前、として正当性を認めがちなことを疑うところから始めようと思った。

心の問題、価値観の問題をどう解決するか。こっちの価値観を押し付けることは正しいとはいえないし、でも、女子に教育を受けさせなかったり、子供を安くリクルーターに売って売春させたり、そういうのはやっぱ解決しなきゃいけない心の問題だと思う。社会全体としてそれらを解決するには・・・「そういうことが恥ずかしくなる社会をつくること」が解決策の一つ、だとK氏は言った。なるほど~、と思いつつもその具体的方法は・・・俺には思いつきません(^_^;
でも、一つ一つの家庭の貧困を解決することは、価値観を変えるきっかけになるとは思う。とくに、女性が経済的に自立することは大きいんだろう。

で、事務所をあとにして、空港へ。ガイドをやってくれてたLengさんに「ありがとう」の意をこめた寄せ書きを渡し、プノンペンを離れる。

IMG_2212.jpg

(写真はfukushoさんにお借りしました。もし問題あったら言ってください!)

もうこのスタツアの半分は終わってしまったという気持ち、プノンペンを離れなければならない、という気持ちが混じって、すこし感傷的になる。

空港の土産物屋の店員さんにでカンボジア語を少し習う。このとき習った魔法の言葉が、ときにカンボジア人を笑わせ、照れさせ、値段を下げさせ、すこし怒らせるのだが、それはもうちょっとあとの話。

シェムリアップは観光地色が強くて、デカいホテルがあちこちにあって、かなり萎えた。
まぁしょうがないんだろうけどね。
翌日は5時起床でアンコールワットの朝日を見に行く、ということでわくわくしながら早く就寝。

翌朝、激しくショックを受けることをこのときの僕はまだ知らない。


4日目 内戦の傷跡
最近、日記を書くために夜中があるような気がしますw 長すぎだよなぁ、俺の日記(>_<)

4日目、朝はゆっくりできた。うん。

この日はプノンペン市内のトゥールスレイン博物館へ。ここはポル・ポト率いるクメールルージュ(赤いクメール)の時代に、収容所だったところである。

簡単なポル・ポトの時代の説明を。合ってるのか自信がないです、間違ってたらぜひ指摘してください。
75年から79年くらいの間、ポル・ポトは急進的な共産主義を推し進め、都市の無人化、農村への強制移住、学校教育の禁止などにより、伝統的社会システムを完全に崩壊させた。そして、教師・医者・芸術家など、知識人を片っ端から殺していった。たとえば、487人いた医者が43人にまで減った、といわれている。ほかにも、少しでも従わない者、疑わしい者は、収容所に連れて行かれたりして、虐殺された。一説には約300万人が殺された、といわれている。隠れたところで虐殺を繰り返したので、正確な数字はわかっていない。ちなみに、現在のカンボジアの人口は約1300万人。5分の1くらいは死んだと予想される。これがどのくらいすごいことか、想像してみてほしい。日本の人口1.3億人。そのうち3000万人が殺されたとしたら。東京都民と神奈川県民と大阪府民にプラスアルファ、という人数かな?ものすごいよね。日本の治安維持法なんて、比較対象にもならないよ。これらは洗脳された少年少女を兵隊として行われた、といわれている。

 トゥールスレインは重かった。いろいろなところから連れてこられた罪のない人たちはここで、酷い拷問を受けていて、ほとんどの人が殺された。

20060324021505.jpg


生々しい拷問の跡。収容されていた人たちや兵士達の写真。独房。骸骨。
残酷だった。人のすることではない、と思った。そして、何がそうさせたのかに興味を持った。やっぱり洗脳なのかな。それとも、やらなきゃ殺される、という意識がそうさせたのかな。NHKスペシャル的に言えば、良心の立ち入り禁止区域(ZONE)、というやつでしょうか。ゼミで散々考えたテーマをこっちでも考えさせられたなぁ。

20060324021454.jpg


 ショアーのときとかと違って、カンボジアでは過去のもの、として責任とかも追及しない感じだった。早く忘れたい、という感じなのかな?「スペシャリスト」として認めているのかな?アイヒマン裁判とは逆といえるのかな?勉強不足なのでよくわかりません。でも、まぁ明確な敵の不在とか、隣人と隣人が殺しあったという事実、貧困で苦しむという現状とかが、過去を振り返ることから遠ざけているのかな。

 その後、キリングフィールドに行った。処刑場。穴がたくさんあって、いまだに骨の破片が見つかる。というか、そこら中に埋まってるし、たくさんむき出しになってる…
 モニュメントみたいな塔があって、その中には

gaikotsu.jpg


たくさんの骸骨が安置されていた。

ここに埋まってる人たちは、どのような思いを抱きながら殺されていったのだろう。さぞ、無念だったろうな・・・。

理由もなく収容所にいれられて、話すこともないのに拷問を受けて、家族に別れを告げることもなくキリングフィールドにつれてこられ、誰にも知られず無残に殺される。

繰り返しちゃいけない。絶対に繰り返しちゃいけない。


20060324021516.jpg


帰り際、日本では見ないきれいな花を見かけたのでとくに意味もなく摘んでみた。
「虐殺の野」に咲く白い花。この木の下にも死体があるのかもしれない。そのアンバランスさに惹かれたのかな。

捨てるのももったいないので、そのまま持ってバスへ向かう。

その途中、観光客目当ての物乞いと思われる10歳くらいの少女と目が合う。

すると彼女は、僕の手に花を見ると・・・

“Can you give me the flower?”

僕は英語をしゃべったことに驚きながらも、

“Sure!”

といって彼女に差し出す。

金を上げなくても、彼女は笑う。

“Thank you!!”


よくわかんないけど、胸が熱くなる。

彼女が大人になったとき
内戦の残した負の遺産から、この国は立ち直れているのかな。



映画、キリングフィールドもぜひ見てね。TSUTAYAで借りられます

CCHでの歌
こちらがImagineを唄うと、子供達も歌のプレゼントをしてくれた。それも日本語で。

「ともだち」「世界中のこどもたちが」「幸せなら手をたたこう」の順番だったと記憶している。

2曲目の「世界中のこどもたちが」を唄われたときは、けっこうやばかった、胸が熱くなった。
なんでだろ。自分でもよくわからん。
けど、この歌詞を、このこどもたち(ステメンチャイのゴミ山をさまよう孤児だったこどもたち)が歌うことのその重みを感じたんだとおもう。
昔は歌詞なんてそんなに気にしなかったけど、この歌をここで聴いて、歌詞をじっくり噛み締めて・・・
胸が熱くなるね。かとひろさんなんて、泣いてたらしいし。
こどもたちはこの歌詞の意味がちゃんとわかってるのかな?分かって、歌詞に共感して、唄ってるとしたら・・・単純に、俺としては幸せ。まぁそんなに深くは考えられないんだろうけどね。

子供の可能性ってほぼ無限。その可能性を、すべての子供が持てるように、僕達はなにができるんでしょうね。




 世界中の子供達が
 
世界中のこどもたちが いちどに笑ったら
空も笑うだろう ラララ 海も笑うだろう
   
世界中のこどもたちが いちどに泣いたら
空も泣くだろう ラララ 海も泣くだろう

ひろげよう ぼくらの夢を
とどけよう ぼくらの声を
咲かせよう ぼくらの花を
世界に虹(にじ)をかけよう

世界中のこどもたちが いちどに歌ったら
空も歌うだろう ラララ 海も歌うだろう
 

今日、カンボジアの写真(インスタントカメラで撮ったやつ)ができあがった。
フラッシュの付け忘れで、いくつかの写真がダメになってた・・・最悪。誰か送って~。

大きな意味をもつかもしれない午後
いろいろと考えた日だった。そして、もっとも収穫のあった日かもしれない。そのわけは最後に書こう。長くなって非常に申し訳ない。


CCH(ステメンチャイのゴミ山の孤児を引き取る孤児院。一個前の日記を読んでください。)に着くと、子供達が出迎えてくれた。
とてもかわいらしい子だった。

バスのとこまで出迎えて、「こんにちは~」といってくれてやっぱうれしかったんだけど

あとで考えてみれば、



なんか、歓迎しすぎ?

というか、やっぱ僕らはドナー側だからね。。。
そのときは、あんまり考えなかったんだけど、
「ドナー側と受け手側の立場の差」がそこにあったのかな。
ほんとの国際「協力」ってのはやっぱ「同じ目線の高さ」ってのが大事だと思うわけで・・・。
ドナー側は見下さない、受け手側は媚びない。ってのが大事なんじゃないかな。
まぁヒヨっ子の自分にはよくわからないんですけど、どうなんでしょ?だれか、教えてください。どう感じたか、とかでもいいんで。

でもね、コタエも見えてきたんですよ。そこで。

CCHの施設に入る。
子供達が、伝統舞踊を見せてくれる。
まぁこれくらいのことは日本でもよくあるから、まぁ「目線の高さ」問題はおいておくとしよう。

子供達と僕らが混じって円になる。

こちらからはジョン・レノンの“Imagine”を唄った。いい歌だ~、やっぱ歌の力はすごい。

すると、子供達も歌のプレゼントをしてくれた。それも日本語で。ここのことはまた別に書きます。長くなりそうなので。

一人の女の子と仲良くなった。
NARANと言うらしい。
10歳。
妹にしたいくらいマジかわいい!
俺がロリコンじゃなくてよかったですwww

彼女と写真を撮り、メアドを交換した。撮った写真を送ってほしいらしいのだ。もちろん快く応じる。

20060323012842.jpg



彼女の夢を聞いてみた。





すると彼女は目を輝かして・・・







「お医者さん!!!」

(ってたぶん言ってた。看護士さんだったらごめんなさいw)


「将来の夢は何?」と聞いたとき。

前日の夜に話したストリートチルドレンは
「金を稼ぎたい、どんな仕事でもいい。」
と言い、

午前中に話したステメンチャイのゴミ山の少女は
「わからない」
と言った。

NARANは将来に夢を持っている。
将来におけるビジョンを持てている。

彼女はきっと、CCHに来て、生活に余裕ができて、教育を受けられて、色々な職業があるって知って・・・
生き方を選択する、という考え方に出会った。

知らなければ知らないで幸せを知らなくて済む、という見方もできるのかもしれない。
非現実的な夢を見るのはよせ、という考え方もできるのかもしれない。

だけど、生き方を選択肢を与えられるということは、最低限だれであれ、保障されるべきことだと思う。
(でも、その根拠がわからないんだなぁ。だれか、全人類に通じる根拠を教えてください(>_<))


で、もういっこ大事なのは

彼女とトモダチになれた、ということ。
カンボジアにトモダチがいる、ということ。

援助において、「同じ目線の高さ」を可能にする方法の一つがコレだと思う。
「トモダチ」というのは、同じ目線の高さにある関係のことだと思う。どちらかが上でどちらかが下というのは、トモダチではない。だから、相手の国の誰かとトモダチになれば、自分がそのトモダチが暮らしている国が好きになるだろうし、知りたいと思うようになるだろうし、その国に対して抱いている偏見とか侮蔑とかいったものは、なくなっていく。
1人とトモダチになって、そいつをよく知れば、国全体もわかってくる。いろんな人と同じ目線の高さに立てる。
そういうイミで、トモダチを作ることは大きなステップだと思う。

また、その国を「アイツがいる国」っていう風に捉えられることも非常に大きいことだと思う。安っぽい正義感や使命感からくるモチベーションっていうのは、やはりどこか「上から目線」になりがちだし、そのモチベーションも不安定なものだと僕は思う。
そうじゃなくて、「アイツがいるから」「大好きな人たちがいる、大好きな国だから」ということが、一つの国に対して働きかけるときには大きなモチベーションになると思うのだ。純粋にその土地とそこで暮らす人々が好きだということ。
このキモチが純粋に、その国で暮らす人々の幸せを願う、国際協力に向かっていくのではないか。

だから、トモダチを得たことは大きいと思う。

僕は、NARANを始め、たくさんの愛すべき人たちに出会った。
だから、NARANたちがいるこの国が、ここで暮らす人々が大好きだ。
そして、NARANたちが生き方を選択できるように精一杯応援したい。

こういう気持ちのことです。を得られたことは、この旅一番の収穫かもしれない。もっとトモダチを増やしたいとも思った。

カンボジア3日目午前
昨夜、書いてる途中で消えました。
睡魔による操作ミスです、激萎え。。。

気を取り直して、カンボジア三日目。
写真はみっちゃんのところから拝借しました。ごめんね。
不都合あったら、メールください。

この日が僕にとっては、1番大きかったかな。

午前中はプノンペン郊外のステメンチャイのゴミ山へ。

別に、カンボジアのゴミ処理事情を見学しにきたのではない。ゴミ山で暮らす人がたくさんいるのだ。

もちろん、とてつもなく・・・臭い。旅のしおりに、「捨ててもよい服と靴」と書いてあったくらいだ。
乾季だったからそこまででもなかったんだけど、雨季に行ったらひどいんだろうな、という印象。

トラックがひっきりなしに来ては、プノンペンで集めたゴミを捨てていく。
それに人々が群がる。
大人から子供まで、さまざまな人がいる。

103953913_178.jpg


ゴミの中からプラスチックやアルミなどの金属類を集めて、それを同じくゴミ山の中にある店(?)のようなところに売るのだ。
一日2~3$くらい稼げると言っていた。そこまで悪くはない。

一人の少女と話ができた。
見かけ(身長や体格)から、7歳くらいか、と思っていた。

103953913_25.jpg


ガイドのLengさんに通訳してもらって話すと。。。

「13歳。」

コトバを失う。
これも、栄養失調か。

学校にも通っていないらしい。

彼女の夢を聞いてもらった。

Lengさんはなかなか聞きだせずにいる。

結局

「わからない」

ということだ。

彼女も日々暮らすことで精一杯。
将来に対する明確なビジョンは持てていない。
生き方を選択する、なんていう考え方はないんだろう。

幸いなことに、彼女には家族がいた。
天涯孤独の子供が多いこの国では、めずらしささえ感じる。

家族で笑いあっているその姿には、羨ましさえ感じる。
もちろん、苦しい状況にあっても笑うことはできる。
だけど、少なくとも僕は、そこにある程度の幸せを感じた。

だけど・・・
衛生的に考えて、あのゴミ山はマズイでしょ。
あのゴミ山の処分と、そこで暮らす人々のケアの両面を考えた政策が必要なんだろうね。

午後はCCHという孤児院に行った。ここは「JHP学校を作る会」という日本のNGOが立てた児童養護施設である。

ここの子供達は基本的に、ステメンチャイのゴミ山のいた孤児である。ここの子供達はここから学校に通いながら、CCHでも英語や日本語の勉強をしたりしている。


ここでのできごとは後ほど書きます。


2日目の夜
夜の通りは少し危険で、ツアーで来ている以上、夜の散歩は禁止になっている。

しかし、やっぱり夜のプノンペンを見たい、ということで僕はK氏とともに、ホテルからちょっとだけでて、通りを眺めていた。ガードマンがそばにいるから、セキュリティの問題はない。

バイクタクシーのおっちゃんが、乗らないか?といってきたり、物乞いのおばちゃんたちがなんかいってきたりと、なかなか刺激的だった。(もちろん、どっちも拒否したが。)

そんな中、ストリートチルドレンと話す機会があった。
向こうから近くによって来たのだ。金がほしいのだろうが、こっちが恵むことはない。

プノンペンのストリートチルドレンの80%以上はドラッグをやっていると思われる。あちこちで少年たちがビニールを吸っている様子はほんとに衝撃的。最初はシンナーだと思っていたのだが、ホテルの人に聞くと、ヘロインだということだ。


「アユ ポンマーン チュナム?(何歳ですか?)」

とその子に聞いた。向こうの答え(クメール語)を僕が聞き取れないでいると、

10 years old.という答えがかえってきた。

ということで、あとは英語。できるだけカンタンな英語を繰り返した。

「英語しゃべれるの?」
「少し」
「ヘロイン好き?」
「Yes」とスマイルとともに。

「ヘロインはどこで手に入るの?」
「そこらじゅう」
「まじかよ」

ヘロインがどうやって手に入るのかは気になるとこだったが、そのコタエはまさにすぐ目の前にあった。僕の目の前で、ある少年が別の少年からヘロインを買っていたのである。リエルの札が多かったとは言え、そこまで安くはないだろう。
日銭を稼ぐだけで精一杯のはず。それでもヘロインを買わずにはいられない。
もう彼らは中毒だった。
僕らと話していた少年はそんなにでもなかったが、近くにいた別の少年は完全にラリっていた。フラフラしていたし、目の焦点も定まっていなかった。

しばらくすると、ある青年が通りかかって会話に入ってきた。彼は英語を話すことができた。
あまりきれいなカッコをしていなかったので、カレもちゃんとした職業でない人かなと思っていたのだが、そんなことはなかった。
彼は以前、アンコールワットのあるシェムリアップでガイドをしていて、いまはここプノンペンでガイドの仕事とIT関係の仕事をしているということだ。つまり、カンボジアでもかなりいい仕事についているわけだ。月収は200ドルを越えていると言っていた記憶がある。カンボジアの平均収入を優に超えている。それでも、「裕福な暮らし」はできていないだろう。この国では平均収入=貧しい暮らしなのだから。
まぁ生きるうえで苦労はしないだろう。

彼は身長150センチくらいしかないわりに、皺が深く、そのアンバランスな見かけが、栄養状態がよくなかったであろう少年時代と、いままで重ねてきた苦労の影を見ることができた。
25歳といわれたが、完全に年齢不詳である。

彼に通訳をしてもらって、子供達と話すことができた。

そこで、さっきのStreet Childの夢を聞いてみた。

「オカネをいっぱいかせぐこと」
「どんな仕事がいい?」
「なんでもいい」


ということ。

日本の10歳児だったら、「大工」とか「サッカー選手」とか、目を輝かせて言うところだと思う。しかし、この国ではそんな甘い夢を抱くことはできない、すくなくともストリートチルドレンでいる限りは。
長い内戦時代の負の遺産がここにある。
できあがってしまったこの社会構造をどこからどうやって変えるかが、大きな課題なのだろう。

スタツア2日目
2日目。7時起床。窓から外を見るともう町は動き始めていた。
バイクタクシーが客を乗せて走りまわり、物売りもあちこちに見かけられる。バイクタクシーとは、小型バイクの後ろとかに客を乗せてるやつのこと。日本なら2ケツが限度だが、この国では家族全員が一つのバイクに乗る。少子化と無縁なこの国では、な、なんと、最大6人まで乗っちゃうのだ!!!いや、やつらはほんとすごいよ。ありえないよ。びっくりだよ。
もちろんノーヘル。速度が出てないとはいえ、対向車線を逆走する輩もいるし、バイクは免許がいらないし・・・。でも、交通事故の現場に出くわしたことはなかったな~。

さて、その日はバスに長いことゆられて、貧困地域である農村の見学に行った。CYK(Caring for Young Khmer)という日本のNGOが支援している保育所(幼稚園みたいなかんじ?)を午前中は訪問し、午後はシルクの織物作りのトレーニング施設(?)を訪問した。

どうすれば買春被害から子供達を守れるか。
その答えの一つは教育であろう。もちろん僕はすべてを知っているわけではないので確かなことは言えないが、教育を受けていないと職も制限されるし、契約書を読むことができないから詐欺にあうこともある、そして買春の存在やその恐ろしさなどをまったく知ることができないのである。メイドの仕事があると言われて、プノンペンに行くと買春をさせられたり・・・という例が多々あるように、だまされて買春被害にあう少女が多い。教育はそれから守る一つの手段であり、未来を作る大切な装置である。

保育所ではまぁふつうに子供達と遊ぶことができた。最初は躊躇していたのだが、僕の持っていた「旅の指さし会話帳」(海外旅行にはかなりおすすめです)が珍しいらしく、それを子供達と見ていたら、何がいいたいかも少しわかるし、おたがいとても楽しめて、あっという間に子供たちに囲まれて、とても楽しいときを過ごせた。3人を抱え、われを忘れて走り回っていた。
一人の女の子が僕によくなついてくれた。まだ7歳くらいであろうか。もしこの子が将来買春被害に合ってしまうとしたら・・・
僕は彼女の手を強く握った。

午後はシルクの織物工場兼トレーニング施設へ。
貧困というのは、買春に結びつく。金に困った親は、わずか数千円で子供を業者に売り飛ばすこともある。こんな悲しいことがあってたまるかと思うが、実際に起きているのである。そういう意味で、貧困削減が買春被害を防ぐ方法の一つであり、職業トレーニングは特に大事だ。とくに、少女たちにスキルがあって金を稼げるのなら、売春をさせる必要もなくなる。また、ちゃんと農村地域、貧困地域にそういった工場・施設があるのも大事。プノンペンに職をさがしにいっても見つからず→売春みたいなことも多々あるらしいのだ。ちゃんと農村地域に働き口があり、その地域の活性化が起きれば、すこしずつ変わっていくんだろう。

買春に直接アプローチするのも一つの手だが、根元(貧困)を見据えて間接的にアプローチするのも大事なのだろうとおもった。
CYKの事務所でそのシルクセンターで作ったストールを2つほど買った。なかなかいいお値段。コレも一種のフェアトレードといえるのかな。

そして、その夜。
ストリートチルドレンと話す機会があった。

長くなったので、これは明日へまわそう。

スタツア1日目
3月9日 朝8時半 新東京国際空港 第2ターミナル3階 Lカウンター前集合。

僕はNGO:かものはしプロジェクトの企画するスタディーツアーに参加した。

この団体は、カンボジアで買春の被害から子供達を守る取り組みをしているNGOである。このNGOの活動はかなりビジネスライクなところがある。ビジネスと社会活動を結び付けているのだ。
「援助」することにとらわれ、ドナー主導のプロジェクトになったり、途上国側が自立してプロジェクトを継続・拡大につながらなかったりして、まったく「援助」になってないことが多々あるが、この団体はカンボジア人の手で事業を続けていけることを考えており、利益を出し、ビジネスライクなやりかたをすることでただの慈善事業で終わらせない、ほんとうに効果のある国際協力をしているといえる。

さて、一日目。Lカウンター前に30分前に着くと、すでに3人くらいは到着していた。うち2人は、事前の研修会で顔を合わせていたのでここでいいのだ、とわかる。しばらくすると人がぞろぞろ、総勢20名くらいが集まる。
人見知りな僕としてはすこし心細かったが、何人かと話すことができたので、少し安心。

10時50分、ANA NH953 という便でバンコクへ出発。
久しぶりの飛行機はやや緊張。しかし、上から見る雲海というのは、美しく、どこか不思議なもので、上に立てそうな気さえしてしまうくらいであった。
RIMG0011.jpg


7時間くらいたつと、バンコク国際空港に着く。
2時間くらいの時差があるので、現地時間だと4時くらい。

そこから飛行機を乗り換えて、プノンペンへ。
飛行機の中で雲に沈む夕日を見た。
RIMG0017.jpg

だから、着いたときはすでに日が沈んでいた。

カンボジア料理をおいしくいただき、みんなで写真を撮ったりして、気分よかったとき、その事件は起きた。

いやな音がした。


かばんから零れ落ちたデジカメが壊れた。

テンション一気にダウン。

はぁ。。。



ホテルはなかなかよさそうなところ。だけど、細かいところが汚かったり、タオルがボロボロだったりするのはやはり国民性の問題であろうか。

K氏と相部屋。来るときも結構話せた人なので、けっこう安心。
その日はとくに何もなくおわった。翌日から、本格的にスタディーツアーが始まる。期待と不安が混じったキモチでその日は床に就く。

部活をやめて以来、バイト中心の日々を過ごしていた自分としては、何かがしたかった。昔からNGO系の興味があったから、この旅が何かモチベーションを上げてくれるものにしたかったし、なにかステキなコネクションを得ることができればいいな、という目的を持って参加した。
そして、それも自分次第。主体的に吸収しよう、と決意。

いろいろ考えていたら、気づいたら寝ていた。。。

一日目はおしまい。



帰国
シェムリアップから、バンコク経由で今朝、帰国し、そのまま同窓会的スポーツ大会に出てきました。

今回の旅はほんとに楽しくって、自分を成長させてくれたと思う。
すばらしい経験をし、すばらしい人々と知り合えたこの旅を、これからの自分にどう活かすかが、これからの課題。
このスタディーツアーは終わったけど、自分の旅は始まったばかり。
この先も、道が長く長く続く。




明日くらいから、旅の日記を少しずつ書こうとおもいます。

Yesterday
I talked with street children.
He is 10 years old.
He take "Helloin"(sorry, I don't know its spelling)

I ask him "Do you like it"

He replied "YES" with smile.

....



3月6日
ブログを見てると、なんかおれが暗い人間のように思えてきた。
実際の俺としてはそうでもない、と思う。気分の浮き沈みがあるのは否めないけど、なんか、ここに書くことで整理してみたり、あるいはちゃんと向き合ってみたり、まぁいろいろあるんだよね。でも、当初はこんなことばっか書くつもりはなかったのは事実。

今日の出来事。
今日は青山でビザの申請をして、生協にいって保険の契約をして、ツタヤでまた2つ映画を借りて~というかんじ。

生協書籍部で、2コ上の先輩にあった。いま3年生で、教養学部にいます。
俺が本を探して歩いてたら、声かけられて、ちょっと世間話をしました。その先輩は俺のことを「圭ちゃん」と呼びます。

なぜ「圭ちゃん」かって?

ほら、モー娘。にいたじゃないっすか。「○○圭」ってのが笑
中3のときに文実の委員やって、一気にいろんな先輩と仲良くなったんだけど、そのうちの一人が俺のことを「圭ちゃん」って呼び出したら、たくさんの人がこう呼ぶようになっちゃったwww

で、会話。

先輩「いやぁ社会はきびしーよ~」
俺「あ、そのカッコは就活っすか?」
先輩「え、気持ち悪っ!圭ちゃん何で敬語なん!?」

といわれ、それからはタメ語に直したんだけど。。。

なんか、アレだね。長らくあってないから、どんな感じで話してたか、とか忘れるものだね。
すっごいお世話になったし、面白いし、いまでも大好きな先輩なんだけど。

「っすね」
それが合えなかった時間的な長さが作った、距離なんだと思う。

でも、俺がタメ語でなかったときに敏感に反応してくれたことは本当にうれしかった。
2個も上なのに、俺のことをちゃんと覚えててくれて、なんかあの人にとっての俺は変わってないんだなって思えた。やっぱ栄光の先輩はみんな最高だわ。

誰かの心の中に、いられている、っていうのは本当に嬉しいし、ほっとする。

誰かに認めてほしい、という思い、誰かの心のなかにいたいという思い。自分の行動やその心境の中に、そういった思いがよく見ることができる。そして、これは大きく自分の生き方に影響している。
いままで見てきた「将来の夢」というやつもそうなのかもしれない。そして、イマも。
人間が他者に対して善き行いをするのは、「人間が常に他者の承認を必要とする」からだ、とヘーゲルは言ったらしいが、当たってるな~とか思っちゃうし。
でも、まぁそういう自分と付き合っていくしかないんだけど、自分の意思というものが薄弱になったりして、まぁ理想の自分とは離れていくのは避けたいものだ。まぁ行動の理由付けは人それぞれだし、かならずしも当たっているといえないわけだし。

で、105号館の書籍部?とやらが閉店らしく、生協で本が安~く売っていたので、夏目漱石を中心に、12冊ほど衝動買い。いい買い物したわ~。
まだやってるとしたら、オススメです♪


へんかんばとん
ミクシィといっしょです。

変換バトン!!お題は『うえとあや』

最近この人にときめいたことがありますwww


Q1、あなたの【う】の変換候補上位5位は?

1.うん
2.うまく
3.運動できる服装
4.歌広場
5.某運動部の名前

3はいつ使ったんだろ???旅のしおり、みたいっすね笑

Q2、あなたの【え】の変換候補上位5位は?

1.栄光祭だから
2.映画
3.英語
4.駅
5.円

いや、栄光祭よりも映画のほうが使ってるハズですが・・・

Q3、あなたの【と】の変換候補上位5位は?

1.通り
2.とか
3.泊まり
4.とりあえず
5.途中

無難。

Q4、あなたの【あ】の変換候補上位5位は?

1. あった
2. ありがと
3.明日は
4.合わせるよ
5.会わせる

5は4の変換ミスだね~

Q5、あなたの【や】の変換候補上位5位は?

1.休んでれば
2.山は
3.やっぱ
4.約束
5.やる

1と2はいつ使ったか覚えてない・・・

Q6、Q5の第5位から第一候補のみで文を作って下さい

休んでれば、やっぱ山は約束やる。

山ちゃんは俺が休んでても(さぼってても)、約束どおりやってくれるオトコです!・・・???

Q7、次の人にまわす平仮名5文字をどうぞ

こんな時間だけど、そろそろ腹減ったから、『はらへつた』で!!

Q8、そのまわす人をどうぞ

どしよ。
ん~、ひーちゃん、いなほ、にっし~、やすこ、もすもす。あたりで♪ まだやってなくて、ヒマだったらどうぞ。

マイナスの気持ち
よくわからない。自分の感情が。
プラスの感情は比較的わかりやすい。嬉しいとか楽しいとか幸せとか。
楽しいな、いまこの時間が。とかは思う。 この前の旅も楽しかった。

だけど、ときには漠然とした嫌悪感を感じることがある。
どこか窮屈だったり、どこか嫌がっていたり、どこか憎かったり。

見ようとしていないのかもしれない。
ほんとはわかっているのに、認められないのかもしれない。
自分が弱い証拠につながるかもしれないから。

大丈夫って思ってたものが、実はそうでなかったりする。
誇れると思ってたものが、実はたいしたことなかったりする。
思いのほか、自分が小さい男だったりする。
ひょんなことから気づくものだね。

ピンボケして捉えている感じ。
うつむき加減の、消し忘れたできそこないのピンボケ写真のように。

 IMG_0420r.jpg


ほんとうに失敗したのを消し忘れただけなんだけどねwww


そう、失敗したときに消さなかったからだろう。

このバトンは・・・
見たらすぐやらなきゃいけないらしいよ。
これってまわす人決めなくていいからラクだよね。やりたくなきゃムシすりゃいいし。

●今、どこに居る?

リビング

●今、一番近くに誰が居る?
寝室で親が寝てる。

●今 どんな服装?
シャツ、セーター、ジーパン

●今,何食べたい?
肉。プリン、シュークリーム

●今,何飲みたい?
あったかいココア

●今,真後ろには何がある?
背もたれ。あと、ソファー。

●今,まわりを見渡して,いちばん目についたものは?

TSUTAYAの袋が3つ。借りすぎ!!

●今,誰に会いたい?
じーちゃん。この前誕生日会がばーちゃんの体調不良でなくなってしまったので。

●その人に今伝えたいことは?
遅くなったけど、お誕生日おめでとう。これからも健康でいてください★

●今一番歌いたい曲は?
バンプ Stage of the ground
タイトル見ちゃったしね。

●今頭の中でパッと思い浮かんだ言葉もしくは台詞は?

君をかばって 散った夢は 夜空の応援席で見てる
強さを求められる君が 弱くても 唄ってくれるよ ルララ

あの月も あの星も 全て君の為の舞台照明
叫んでやれ 絞った声で そこに君が居るって事

まぁ歌詞だな。

●今の体調は?
悪くない。

●今どんな気持ち?
また、ショックなことがあってへこみ中。
人間関係の難しさ・・・。あぁ、頼りない男でみなさんごめんなさい。
でも、オリ合宿はがんばりたい。

今日は
自宅でのんびりと映画を見て、これからバイトに行ってきます★
ゴダールの「勝手にしやがれ」を見ました。

あとで、レビューを書きますね。それじゃ、活動開始っす♪

3月4日(日)
今日やるべきこと。

早く寝る。もうあと10分以内。

早めに起きる。

バイト?
映画?

自由★ヒマだぁ~

あちゃ~
あらたな問題発生!!???

あぁ、どうしよ。。。なんとかなるかな・・・いずれにせよ、あさって次第だな。月曜日を待とう。汗

自分の寝坊and二度寝体質と、大切なことを後回しにする体質は、これはこれで直さなければいけませんね。

これは、努力でなおりそうですね笑



越後湯沢にいってきました。
戻ってきました。ほんっとに楽しかった。
何より、5人で旅をできたことが楽しかったです。みんな、ほんとにありがと(>_<)

旅日記はもうちょっと元気になってから書きます。

明日の予定。パスポートとビザをとる。新しいスーツケースも買おうかな★給料が入るとうれしいね。


[続きを読む]

素朴な疑問
ドヴォルザークのあとにこんな話題とは・・・www



かてきょ先でおでんをいただいた。
たまご、がんも、いとこんって食べていくと・・・


ちくわとちくわぶが並んでいた。


それにしても

ちくわぶの「ぶ」ってなんだ?


たかが「ぶ」によって、ここまで、見た目と食感とか味が変わるんだね。


すごいよ!!!!「ぶ」 さん


どうして「ぶ」がついたんだろう。

方言か?

それとも。

ちくわ部が発明?
竹輪部?

栄光学園高校硬式竹輪部 全国高校生竹輪大会団体の部、優勝!!!

見た感じ、カッコいい笑

あ!!!

ちびまるこちゃんに出てくるブー太郎

あいつが始祖?

「これはちくわぶ~。」

それを言うなら、「ちくわだぶ~」だな。

さて、もうしばらく妄想して、ねますか。





明日は新潟へ、オリ合宿の下見です。寝不足だぁ。



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。