Stage of the ground
君をかばって 散った夢は 夜空の応援席で見てる 強さを求められる君が弱くても 唄ってくれるよ ルララ 
プロフィール

tarch

Author:tarch
職業:未来から逃げたい大学2年生(20歳)
   かものはしプロジ◯クトでインターン中。
   スタディツアーの企画とかやってます。

好きなミュージシャン:ミスチル BUMP OF CHICKEN QUEEN ベートーベン
趣味:音楽 スポーツ 映画 読書 考え事



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


思うこと。

なんだかんだで、精神的に俺は強いのかもしれない。

というか、無神経なのかもしれない。

まぁよく泣くんだけどね。


もうちょっと、あせったりすることが必要なんだな。実は。
スポンサーサイト

・・・・・・・の台頭
美しくなんかなくて やさしくもできなくて
それでも呼吸が続くことは ゆるされるだろうか
その場しのぎで笑って 鏡の前で泣いて
当たり前だろ 隠してるから 気づかれないんだよ
夜と朝をなぞるだけの まともな日常

「ギルド」(Bump of chiken)

んー。最近考えたことにちかいな。

結局、誰も一人で生きてるわけじゃないんだから、ほっといて、ということもできないわけで、でも手を差し伸べられるのを待ってるだけで、差し伸べられないことにキレるのも、ただの思春期の子供とかわらないということだ。
ついでに言えば、公正な立場に立たずに、あれこれとヒトの悪口をいうとしたらくだらない、ということだ。自分の立場とか、今後への視点も持たずに、自分に都合のいいところだけ取り出して批判してるやつも不愉快。
まぁ別に自分は客観的に、不愉快、と思うだけで、実際イライラしたりすることはあんまりないんだけどね。


話はうってかわって・・・


けっこう前、歴史社会学者の小熊英二の文が朝日新聞に載ってました。
小熊英二といえば・・・「<癒し>のナショナリズム」とか「民主と愛国」とかで有名ですね。俺はまだ読んでないけど。あんな厚いの・・・やっぱ抵抗あるんだよねぇ。読むのが遅いんだよ、俺。なんとかしなきゃ。

「ナショナリズムの今」という題で。
小熊英二に言わせると、かなり引用すると、
近年の「ナショナリズムの台頭」はという表現は少し適切でない。
古くからナショナリズムなるものは存在していた。しかしそれは、歴史認識や靖国問題において表れたのではなく、経済面(「日本的経営の成功」「日本人は勤勉」とかいう言い方に見られる)に表れていた。その「表現形態」が近年、経済の停滞によって変わった、としてみるのが良かろう。
で、現代のナショナリズムは、経済の停滞によって、企業や労組など、戦前から続く「中間共同体」が崩壊し、そこに頼っていた人々の間に孤立感が生まれ、大衆型のナショナリズムが発生する基盤ができた、というわけらしい。
で、おもしろかったのが、「新しい歴史教○書を作る会」の例。
この会の一般参加者は、中間共同体による動員で来たわけでなく、自発的に集まったということ。そして、もともと「右派」と呼ばれる思想は持っていなかった、ということ。しかし、彼らはこの停滞した世の中の不安感などから、「よりどころ」を求めたこの会にわけらしい。へぇ!
近年の、浮動票をいかに捕まえるか、的選挙にも同じことが言える。無党派層が、「よりどころ」を求めて、「よさげ」なところに流れるわけで、だから広告戦略が大事になるわけで、マーケティングのプロフェッショナルが自民党の選挙対策をしたりするわけなのかもね。ん、ゼミとつながったwww

で、もう一個面白かったのが、日本の「右派」、あるいは「保守」について。
日本の保守や右派に「思想的な『核』がない」、ということだ。
ぬぬ?
アメリカだと自由主義、ヨーロッパだとブルジョア層の思想や生活様式などが「核」らしいが、日本は・・・「アンチ左派」で結びついてるだけだ、と書いてある。しかもその「サヨク」も彼らが実態を見ずに、幻想のなかにのみ存在しているときもあるようだ。なるほど。これは日本の近代化(明治維新)のおき方が他の国々と違うことに端を発するわけっすよ。考えれば分かるよね。

で、昔は「天皇」という核があったが、現代の右派はそれほど天皇には関心がない。で、よくわからない「伝統」を守れとか、「武士道」を思い出せとか言われるわけらしい。

まぁどっかの数学者が専門外のことについて、ロクに知ってもいないのに書いた本が、何百万部も売れちゃって、書店に常に平積みされちゃう時代ですからね。(まぁくだらなかったので、ぱらぱらって目を通しただけだけど。ちょっと読みやすくて威勢のいいこと書いてあるからって・・・苦笑 論理とか、ぶっとんでた印象。)


で、そう。
そういうわけで、いまのナショナリズムは「ポピュリズム」に近いわけですよね。

で、最後。

「社会構造の構造変動が続き、孤立感を感じるヒトは増えるでしょうから『つ○る会』のような運動はまだ出てくるかも知れません。しかし、思想的な核が何もないのですから、大きな政治運動に成長する可能性は低いと思います。ただ彼らが『サヨク』とみなした対象に集中的に攻撃したり、強硬外交や改憲などの『世論』を形成したり、時々の選挙で特定の政党を水膨れさせるといった現象は置き続けるでしょうから、そうした影響力はむしできないでしょう。」

へー。そうかそうか、そうだよね。

でもさー、丸山真男について引用したところに書いてあったけど、「中間共同体が壊れた大衆社会で人々が原子化された個人になり、ナチスを支持していった・・・」っていまの似てるってことなんだよねー。つまり、戦前の日本(中間共同体が社会を引っ張っていった)というより、ナチスドイツに・・・いやはや飛躍か・・・

うまく、まとめることができませんでした。
意味不明なこと書いて、ごめんなさい。

栄光祭。過去と今。
さて、今度こそ日記を更新しよう。

栄光祭について。

5月の13・14の土日に第59回栄光祭がありました。
新フェスの影響で、浪人組が日曜来れないやつが多いかなーと思ったので、土曜日に行きました。でも、あんまりいなかったですorz

自分は第56回栄光祭の実行委員長をやってたんで、もう3年前のことになるらしい。
いやぁ年くったわ。

向こうには瀬戸康宏がいたので、いっしょに遊んだ。スキンシップが激しかったwww
いろいろ悩んでたね。
そういうことで、フィーリングカップルに連れてったwww
けど、何もアクションしなくて残念。女子高生かわいいよね、とか言いまくってたのにね。

高校時代の話だけど、高3まで、ダブルダッチっつう競技をチーム組んでやってました。

2本の長縄を回して、中で踊ったりするパフォーマンスです。駒場でもやってるよね。
で、その後輩のチームがやってたので、見に行きました。
彼らは体操部員によって構成されたチームなので、体操部演技も見に行ったし、彼らがやってるブレイクも見にいった。

ブレイクはすごかった。シュン君とか、顔が変わりすぎて、チャラすぎてわからなかったしw
動画で紹介されてたので、載せときます。
http://ekh.jp/fes/Kickers.wmv
みんな、腕太くなってたなー。相変わらず背はちっちゃいけどw

体操部演技について。
今年は、人数も多く、才能あるやつが多い世代で、豪華な印象。
床はやっぱいいね、見所あって。もう一回栄光入るんなら体操部に入りたい。
テニ部がメンツ的には最高だと思ってるけど、体操はやってみてー。

ダブルダッチ。
高1から高3までやった競技。いやぁ懐かしい。印象としては、やっぱ「体操部員」のダッチだったなー。いい意味でも悪い意味でも。アクロが多くて花があった。あーいうのは、マジうらやましー。けど、縄技があんまりなくて、ミスも多かったし、つなぎとかもまだ甘いなぁと思った。まぁ、でもブレイクやりながらよくがんばったよ。ブレイクのせいで、練習不足は否めなかったけどね。もうちょっと練習してれば縄回しもキレイになるし、ミスも減るのになぁ、って感じ。

で、色々思ったこと。

あぁ、やっぱダッチいいね。またやりてーって思ったもん。去年は、サカキが「入らないと思う」っていってたから一人で入るのはいやだったし、あの運動部に入っちゃったからサークルは入らなかったんだけどね。ダッチやってたときは、いそがしくて、色々といやなこともあったけど、それでも毎日楽しかったなーって思った。

そうなんだよ。

そうなんだよ。

なんか、ちがうんだよ。



なんか、漠然としてて文章にしにくいんだけど、あのころ(栄光時代)はもっと、「毎日」を楽しむことができてたな、って思った。栄光祭やってたときもそう。ダッチやってたときもそう。フィルでバイオリン弾いてたときもそう。なんか、色々いやなこともあって、うまくいかないこともあったはずなんだけど、、、なんだろう。いまと何かが違うんだよね。



ということで、続きは久しぶりにそんな感じの話をしようかな。

また明日かくわー。

2年になるにあたって。
もう日付が変わったけど、12日は我が愛するbump of chickenのvo.藤原基夫の27回目の誕生日だったようだ。結構な年だねw
てか、それだけじゃなくて、それよりも、入学式だった。
まぁ2年だから関係ないんだけど、1年という時の流れのはやさを感じる。
せっかくなので、1つだけ、1つだけ、決意してみよう。

今年の目標。
過ぎ去ったことは後悔してもしょうがない。あとの祭り。
だから、せめて、これからのことで後悔しないようにしたい。

数字で表そう。 これ大事。


「2006年4月12日から、2007年3月31日についてのできごとについて、2007年4月1日に後悔しないようにする。」

まぁ多少の後悔は許容。
つまり、「あぁ、肉じゃなくて魚にしときゃよかった。」とか、「メガネもってくればよかった」とかはまぁアリw
あ、「ネットしすぎて寝不足だ。」といういまみたいな後悔はまぁやめたいな。

来年の4月1日の段階でも引きづるような後悔はしないようにしたい。どうせ2,3個は後悔するんだけど、まぁ厳しいほうがいいということで。

そのために何をすべきか。
自分が一番ニガテなことをする必要がある。

つまり

いろんな意味で・・・





「逃げない。」




それだけ。


明日も1限。
6時半起き。はいむり。


ただいま
帰りました。スキーはやっぱ楽しかったっす。志賀は雪質いいし。
何より景色がやばかった。またアップしますね。
だから~、誰かもっかいスキー行きたいから付き合って~、もっかい企画しようよ~。今度は先に企画ありきではなく、人と日程優先で。

ウィンタースポーツということで、トリノ五輪がやってますね。
自分も昨日は安藤と荒川のだけは生中継でみました。いやぁ、荒川はやっぱうまいっすね★スルツカヤよりよかったでしょ!?なんか、美しさを感じた。まぁ日本贔屓というやつもあるのかもしれないけど。

ちょっと前の話。スピードスケートの岡崎朋美が、500mが4位で終わったときに、「国民のみなさんに申し訳ない」みたいなことを言ってたよね。
けどさー、オリンピック選手、というやつはそこまで責任が重いやつなのか?まぁ国を代表している以上、国民に対して自分を表現するくらいのことはすべきだと思うし、競技会である以上、メダルを目指すのは当然。だけど、競技に出るのは個人あるいはチームであり、それに日本全体がかかってるわけじゃない。だから、メダルをとれなくても日本がどう、とかいう問題じゃない。だから、そんなに国民がプレッシャーを与えんのってどうなんだろうね。国民が何かを要求するなんて、そんなのおかしいよ。
いいじゃん、順位なんて。がんばってる姿ってそれだけで美しいだろ。ん~、なにいいたいかわかんなくなってきた。

おれ自身としては、「自分が満足いくように」4回転を跳ぶという安藤美姫の考えが好きだし、男子スピードスケート500mで4位になって、「おしかったね」といわれた及川の「自分の力を出し切れて嬉しい」みたいなセリフが好きである。
メダルを取る「使命」なんてのは与えられてない。

そして、雪の降らない国から来たアルペンスキーヤーたちがコースアウトしても、斜面を登って、またすべり続ける姿。雪が降らない国の出身というハンデを抱えながら、オリンピックに来て・・・なんとも楽しそうにスキーをするではないか。
かたや自分のこのザマはなんだ。周りのせいにして、一歩を踏み出せずにいる自分。彼らのスキーを見ると自分が恥ずかしくなってくる。

メダルを取らなくたって、がんばる選手の姿には、それくらいのパワーがある。

どっかの「都」知事が「根性が足りないからメダルが取れないんだ」とか言ってた。この人ほんとに見てるのかねぇ。おれ自身としては、「根性」なら、ありありと見せてもらったと思う。俺だけなのか?

あぁ眠い。テレビショッピングばっかだし。

おきたら、パスポートを取ってきます。



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。