Stage of the ground
君をかばって 散った夢は 夜空の応援席で見てる 強さを求められる君が弱くても 唄ってくれるよ ルララ 
プロフィール

tarch

Author:tarch
職業:未来から逃げたい大学2年生(20歳)
   かものはしプロジ◯クトでインターン中。
   スタディツアーの企画とかやってます。

好きなミュージシャン:ミスチル BUMP OF CHICKEN QUEEN ベートーベン
趣味:音楽 スポーツ 映画 読書 考え事



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6日目 アンコール遺跡群
今日は一日アンコール遺跡群を見学する日。昨日の日記の影響で、口調も軽めです。


朝5時(だっけ?)のモーニングコールで起きて、朝6時にアンコールワットに到着、アンコールワットから昇る朝日を見て、「生きててよかった~」と感動!

するはずでした。


しかし・・・

朝4時過ぎ、目が覚める。

何がそんな時間に目を覚まさせたのかというと・・・・




!!雷!!




大雨じゃん!!!!いま乾季だろ!?
朝日見れないじゃん!!
え~~~~、めちゃめちゃ楽しみにしてたのに・・・

と、一人でヘコむorz

アンコールワットに行ったときは、雨も止んでた。
でも、まっくら。もちろん、ライトアップとか証明とかないんでね。

空は曇ってたけど、一縷の望みをかけて、その辺を散策しながら日の出を待つ。


そしたら、

いつの間にか明るくなってて、
「それではみなさん、ほてるにもどりますよ~」
と、シェムリアップでのガイドのソーさん。

「え、おわりかよ!?」

悔しすぎorz
また、来るしかないっすね・・・


アンコール遺跡群は、ほとんどの遺跡が東向きに作られているらしい。
例外は、アンコールワット。西向き。
つまり、アンコールワット以外のものを午前中に、アンコールワットを午後に見学するのがいいらしい。でも、日の出はアンコールワットの裏からだから、ぜひ見るべし、ということ。わかるかな?

というわけで、午前中はアンコール・トム周辺、午後はアンコールワットを観光。

午前中でよかったのは、タ・プローム。
修復をあまり施さないで、発見当初の様子をかなり残している貴重な遺跡。
ガジュマルの大木が、遺跡を覆う。
かつて人間が造った石の寺院に、森が住んでいる感じ。かつては、虎や象もすんでいたのかな。「こんなもの造った人がいるなんてすごいねー」ではない、「自然はやっぱすごいね」という印象。これは見るべきっすよ。

午後はアンコールワットにいった。壁画がやはり面白い。(”funny”ではなく、”interesting”)で、何よりおどろくのは・・・階段急すぎ!!!足幅よりせまいんだもん。
上りは両手使わなきゃのぼれないし、下りはもっとこわいし・・・
でも、やっぱ貴重な経験だった。何がすごいのか、コトバにはしにくいんだけど、全体として美しいし、彫刻も目に付く部分はすごい細かいし(あんまり目に付かない部分は結構いい加減だったけど・・・これも国民性かな)、なんか圧倒される感じ。とりあえず、また行きたいし、行った事ない人は行くべきっすよ!

夕方は、近くの山に登って、そこから遺跡やジャングルを見て、夕日を観賞し、もう最高の眺め!

になるはずが・・・・また雨。雷雨!土砂降り!!!

まじかよ・・・

雨宿りをしてると、外人がぬれていたので傘にいれてあげた。

スウェーデン人、44歳。外人ってやっぱかっこいい、ってかズルイ。
話していると、世界を飛び回ってビジネスをしているらしい。
アフリカ、タイときて、いまはシェムリアップ、明日はプノンペンらしい。とても忙しそう。

でも、自分の英語力では思うように会話できず・・・

英語勉強しなきゃ、と決意。

その日はそんなもんです。

まぁその日何より思ったのは・・・日本人多すぎ!!こんなに日本語を聞く羽目になるとは・・・
プノンペンは、ちょっとしか会わなかったから(トゥールスレインとソリヤにて会った若者たちと、ホテルに泊まってたNGOらしい人たち)、そのギャップがすごくて、激萎え。

JAPANESE“OBACHAN”は、アンコールワットでも日本と変わらず世間話。健康の話に、芸能の話に、もうやめてくれって感じ。「おもい○きりテレビはちゃんと録画してきましたか?」と聞きたくなったくらい。

観光客相手の物売りは多かった。たいてい子供。ポストカードとか民芸品とか。買ってあげたい気持ちはやまやまだけど、必要ないので拒否した。悪いことはしてないのに、罪悪感というか、うしろめたい気分。
そして、彼らは日本語で売ってくる。プノンペンは基本的に英語だったので、大違い。
つまり、シェムリアップの社会構造に日本人が大きな影響を与えているのは間違いない。
だったら、僕らは何ができるのだろう、何をすべきなのだろう。

その日は、そんなもん。

写真1 タ・プローム
写真2 物売られ中。民芸品5$は高いよ!!
写真3 アンコールワットの前で旅人気分。




カメラ壊れたので、頂きものだらけです。編集は加えてますが。問題あったらメッセージください。

明日早いからもう寝なきゃ。明日は、TSUTAYA(開店前)にCDを返すだけのために、1時間半かけて渋谷にいきます・・・。大学寄って、帰りに砦でラーメンでも食おっかな。
あ、スタツアアンケートも提出しなきゃ。。。 107942946_143.jpg

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プノンペン 番外編
ご存知のようにデジカメ壊れたので、写真はfukushoさんのところからお借りしました。問題あったらご連絡ください!

さて、前回の日記でプノンペンを離れたんだけど、今回はあんまりマジメじゃない話を。

・メシの話
タイ料理みたく辛くないっす。野菜多くて、結構具沢山な印象。(だから、りょうクンは食べられなかったものがたくさんだったんだよねw)辛いのと苦いの以外は普通においしくいただきました。でも、辛いのってほとんどないんだよね!ほんとありがたかった~。
んにしても、いろんな料理食ったわ。カンボジアの伝統的なやつから、中華系、タイ系、フランス系・・・シェムリアップでは、朝鮮系も和食も食えた。うまかったね~。

ドリアンケーキも食いました。


うまかった~~~



とは、お世辞にもいえない味・・・


くさかったけど、完食できました♪

まわりでみんなが苦しみながら食べてるのは愉快w



・買い物の話
プノンペンの買い物は主に、ソリヤショッピングセンターとセントラルマーケットで楽しみました♪ソリヤは近代的な作りで、エスカレーターとかあって、明るくて、うん、まぁカンボジアっぽくなかったねw 特に電化製品ゾーンはもう日本のちゃんとしたお店ってかんじ。まぁでも、店員はほかのカンボジア人らしく、いい加減。そこもまあ魅力なんだけどね。
ソリヤで買った物。
ビール、プリングルス、おみやげのクッキー、

そして・・・

グラサンと腕時計ほしいな、と思ったから、1階で買いました。



GUCCIのグラサンとROLEXの腕時計を。

別にブランド好きってわけじゃないんすよ。金ないんでね。

でも

GUCCIは$5(約600円)、ROLEXは$22(約2640円)っすよ。
ニセモノ、パチモノ、バッタモノ。でも、満足です。
GUCCIは半額まで値下げさせたし、ROLEXも元々$35でしたから。
ROLEXは最初うごかねー!!とか、時間調節できねー!!ということで、不良品じゃん!!とか思ってたんだけど、家帰って、親とかと話すうちに気付くわけです。

ROLEXってのは、俺の今まで使ってきた時計と違って、時刻の合わせ方が特殊。
ROLEXってのは、QUARTZじゃなくて、「自動巻き」だから、腕につけたりしてうごかさないと、針は動かないらしい。

いやぁ、自分のような貧乏人の知らない世界が広がってました。

奥が深い、ROLEX!
奥が深い、パチモン!

結果的にいい買い物♪

セントラルマーケットはとりあえず、デカイ!店の数は多いんだけど、種類は少ない・・・。
買った物はたくさん。シルクのストール、小物、象の置物、サンダル、そして・・・

BVLGARIの腕時計w

このときはまだ、ROLEXが不良品だと思ってたので・・・。
$35を$22で買いましたとさ♪これはいまでもバッチリ動きます。微妙に狂うけどw

写真1 セントラルマーケット

写真2 ・・・ゲンゴロウ、タガメ、コオロギ、ヒヨコ?
       さすがに食えないっすよ汗
IMG_2314.jpg

IMG_2321.jpg



4日目 内戦の傷跡
最近、日記を書くために夜中があるような気がしますw 長すぎだよなぁ、俺の日記(>_<)

4日目、朝はゆっくりできた。うん。

この日はプノンペン市内のトゥールスレイン博物館へ。ここはポル・ポト率いるクメールルージュ(赤いクメール)の時代に、収容所だったところである。

簡単なポル・ポトの時代の説明を。合ってるのか自信がないです、間違ってたらぜひ指摘してください。
75年から79年くらいの間、ポル・ポトは急進的な共産主義を推し進め、都市の無人化、農村への強制移住、学校教育の禁止などにより、伝統的社会システムを完全に崩壊させた。そして、教師・医者・芸術家など、知識人を片っ端から殺していった。たとえば、487人いた医者が43人にまで減った、といわれている。ほかにも、少しでも従わない者、疑わしい者は、収容所に連れて行かれたりして、虐殺された。一説には約300万人が殺された、といわれている。隠れたところで虐殺を繰り返したので、正確な数字はわかっていない。ちなみに、現在のカンボジアの人口は約1300万人。5分の1くらいは死んだと予想される。これがどのくらいすごいことか、想像してみてほしい。日本の人口1.3億人。そのうち3000万人が殺されたとしたら。東京都民と神奈川県民と大阪府民にプラスアルファ、という人数かな?ものすごいよね。日本の治安維持法なんて、比較対象にもならないよ。これらは洗脳された少年少女を兵隊として行われた、といわれている。

 トゥールスレインは重かった。いろいろなところから連れてこられた罪のない人たちはここで、酷い拷問を受けていて、ほとんどの人が殺された。

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生々しい拷問の跡。収容されていた人たちや兵士達の写真。独房。骸骨。
残酷だった。人のすることではない、と思った。そして、何がそうさせたのかに興味を持った。やっぱり洗脳なのかな。それとも、やらなきゃ殺される、という意識がそうさせたのかな。NHKスペシャル的に言えば、良心の立ち入り禁止区域(ZONE)、というやつでしょうか。ゼミで散々考えたテーマをこっちでも考えさせられたなぁ。

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 ショアーのときとかと違って、カンボジアでは過去のもの、として責任とかも追及しない感じだった。早く忘れたい、という感じなのかな?「スペシャリスト」として認めているのかな?アイヒマン裁判とは逆といえるのかな?勉強不足なのでよくわかりません。でも、まぁ明確な敵の不在とか、隣人と隣人が殺しあったという事実、貧困で苦しむという現状とかが、過去を振り返ることから遠ざけているのかな。

 その後、キリングフィールドに行った。処刑場。穴がたくさんあって、いまだに骨の破片が見つかる。というか、そこら中に埋まってるし、たくさんむき出しになってる…
 モニュメントみたいな塔があって、その中には

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たくさんの骸骨が安置されていた。

ここに埋まってる人たちは、どのような思いを抱きながら殺されていったのだろう。さぞ、無念だったろうな・・・。

理由もなく収容所にいれられて、話すこともないのに拷問を受けて、家族に別れを告げることもなくキリングフィールドにつれてこられ、誰にも知られず無残に殺される。

繰り返しちゃいけない。絶対に繰り返しちゃいけない。


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帰り際、日本では見ないきれいな花を見かけたのでとくに意味もなく摘んでみた。
「虐殺の野」に咲く白い花。この木の下にも死体があるのかもしれない。そのアンバランスさに惹かれたのかな。

捨てるのももったいないので、そのまま持ってバスへ向かう。

その途中、観光客目当ての物乞いと思われる10歳くらいの少女と目が合う。

すると彼女は、僕の手に花を見ると・・・

“Can you give me the flower?”

僕は英語をしゃべったことに驚きながらも、

“Sure!”

といって彼女に差し出す。

金を上げなくても、彼女は笑う。

“Thank you!!”


よくわかんないけど、胸が熱くなる。

彼女が大人になったとき
内戦の残した負の遺産から、この国は立ち直れているのかな。



映画、キリングフィールドもぜひ見てね。TSUTAYAで借りられます

CCHでの歌
こちらがImagineを唄うと、子供達も歌のプレゼントをしてくれた。それも日本語で。

「ともだち」「世界中のこどもたちが」「幸せなら手をたたこう」の順番だったと記憶している。

2曲目の「世界中のこどもたちが」を唄われたときは、けっこうやばかった、胸が熱くなった。
なんでだろ。自分でもよくわからん。
けど、この歌詞を、このこどもたち(ステメンチャイのゴミ山をさまよう孤児だったこどもたち)が歌うことのその重みを感じたんだとおもう。
昔は歌詞なんてそんなに気にしなかったけど、この歌をここで聴いて、歌詞をじっくり噛み締めて・・・
胸が熱くなるね。かとひろさんなんて、泣いてたらしいし。
こどもたちはこの歌詞の意味がちゃんとわかってるのかな?分かって、歌詞に共感して、唄ってるとしたら・・・単純に、俺としては幸せ。まぁそんなに深くは考えられないんだろうけどね。

子供の可能性ってほぼ無限。その可能性を、すべての子供が持てるように、僕達はなにができるんでしょうね。




 世界中の子供達が
 
世界中のこどもたちが いちどに笑ったら
空も笑うだろう ラララ 海も笑うだろう
   
世界中のこどもたちが いちどに泣いたら
空も泣くだろう ラララ 海も泣くだろう

ひろげよう ぼくらの夢を
とどけよう ぼくらの声を
咲かせよう ぼくらの花を
世界に虹(にじ)をかけよう

世界中のこどもたちが いちどに歌ったら
空も歌うだろう ラララ 海も歌うだろう
 

今日、カンボジアの写真(インスタントカメラで撮ったやつ)ができあがった。
フラッシュの付け忘れで、いくつかの写真がダメになってた・・・最悪。誰か送って~。

大きな意味をもつかもしれない午後
いろいろと考えた日だった。そして、もっとも収穫のあった日かもしれない。そのわけは最後に書こう。長くなって非常に申し訳ない。


CCH(ステメンチャイのゴミ山の孤児を引き取る孤児院。一個前の日記を読んでください。)に着くと、子供達が出迎えてくれた。
とてもかわいらしい子だった。

バスのとこまで出迎えて、「こんにちは~」といってくれてやっぱうれしかったんだけど

あとで考えてみれば、



なんか、歓迎しすぎ?

というか、やっぱ僕らはドナー側だからね。。。
そのときは、あんまり考えなかったんだけど、
「ドナー側と受け手側の立場の差」がそこにあったのかな。
ほんとの国際「協力」ってのはやっぱ「同じ目線の高さ」ってのが大事だと思うわけで・・・。
ドナー側は見下さない、受け手側は媚びない。ってのが大事なんじゃないかな。
まぁヒヨっ子の自分にはよくわからないんですけど、どうなんでしょ?だれか、教えてください。どう感じたか、とかでもいいんで。

でもね、コタエも見えてきたんですよ。そこで。

CCHの施設に入る。
子供達が、伝統舞踊を見せてくれる。
まぁこれくらいのことは日本でもよくあるから、まぁ「目線の高さ」問題はおいておくとしよう。

子供達と僕らが混じって円になる。

こちらからはジョン・レノンの“Imagine”を唄った。いい歌だ~、やっぱ歌の力はすごい。

すると、子供達も歌のプレゼントをしてくれた。それも日本語で。ここのことはまた別に書きます。長くなりそうなので。

一人の女の子と仲良くなった。
NARANと言うらしい。
10歳。
妹にしたいくらいマジかわいい!
俺がロリコンじゃなくてよかったですwww

彼女と写真を撮り、メアドを交換した。撮った写真を送ってほしいらしいのだ。もちろん快く応じる。

20060323012842.jpg



彼女の夢を聞いてみた。





すると彼女は目を輝かして・・・







「お医者さん!!!」

(ってたぶん言ってた。看護士さんだったらごめんなさいw)


「将来の夢は何?」と聞いたとき。

前日の夜に話したストリートチルドレンは
「金を稼ぎたい、どんな仕事でもいい。」
と言い、

午前中に話したステメンチャイのゴミ山の少女は
「わからない」
と言った。

NARANは将来に夢を持っている。
将来におけるビジョンを持てている。

彼女はきっと、CCHに来て、生活に余裕ができて、教育を受けられて、色々な職業があるって知って・・・
生き方を選択する、という考え方に出会った。

知らなければ知らないで幸せを知らなくて済む、という見方もできるのかもしれない。
非現実的な夢を見るのはよせ、という考え方もできるのかもしれない。

だけど、生き方を選択肢を与えられるということは、最低限だれであれ、保障されるべきことだと思う。
(でも、その根拠がわからないんだなぁ。だれか、全人類に通じる根拠を教えてください(>_<))


で、もういっこ大事なのは

彼女とトモダチになれた、ということ。
カンボジアにトモダチがいる、ということ。

援助において、「同じ目線の高さ」を可能にする方法の一つがコレだと思う。
「トモダチ」というのは、同じ目線の高さにある関係のことだと思う。どちらかが上でどちらかが下というのは、トモダチではない。だから、相手の国の誰かとトモダチになれば、自分がそのトモダチが暮らしている国が好きになるだろうし、知りたいと思うようになるだろうし、その国に対して抱いている偏見とか侮蔑とかいったものは、なくなっていく。
1人とトモダチになって、そいつをよく知れば、国全体もわかってくる。いろんな人と同じ目線の高さに立てる。
そういうイミで、トモダチを作ることは大きなステップだと思う。

また、その国を「アイツがいる国」っていう風に捉えられることも非常に大きいことだと思う。安っぽい正義感や使命感からくるモチベーションっていうのは、やはりどこか「上から目線」になりがちだし、そのモチベーションも不安定なものだと僕は思う。
そうじゃなくて、「アイツがいるから」「大好きな人たちがいる、大好きな国だから」ということが、一つの国に対して働きかけるときには大きなモチベーションになると思うのだ。純粋にその土地とそこで暮らす人々が好きだということ。
このキモチが純粋に、その国で暮らす人々の幸せを願う、国際協力に向かっていくのではないか。

だから、トモダチを得たことは大きいと思う。

僕は、NARANを始め、たくさんの愛すべき人たちに出会った。
だから、NARANたちがいるこの国が、ここで暮らす人々が大好きだ。
そして、NARANたちが生き方を選択できるように精一杯応援したい。

こういう気持ちのことです。を得られたことは、この旅一番の収穫かもしれない。もっとトモダチを増やしたいとも思った。



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